
ニコンの新しいRAW現像ソフト、NX-Dを使ってみた。普段使っているアドビのLightroomに比べるとカメラとの連動性ははるかに高い。というかほとんどニコンのカメラと一体のソフトと考えたほうが良さそうだ。今後はおそらくニコンユーザーにとってのスタンダードになるだろうな。しばらく使ってみようと思う。

Lumix G1 + Kodak Ektar 44mm/f3.5
古いレンズは写りが柔らかい。ちょっとカメラがぶれてるせいもあるけど。モデルは大磯駅裏、Tさん宅の名無し猫。

Nikon D800 + Sigma 50mm/f2.8 macro
街路灯のわずかな光だけでこれだけ撮れる。ISO6400に上げても粒子はさほど目立たないし、デジタルカメラも進歩したもんだ。着実に人間の目に近づいてるな。

リコーから発売予定の全天全方位カメラ「THETA(シータ)」。これは面白いな。映像表現の新しいジャンルが開けそうだ。スチール(写真)でもなくムービー(動画)でもない。一番近いのはグーグルのストリートビューか。ディスプレイの上で矢印やマウスを使って360度の映像が楽しめるのだな。しかも操作は簡単。これは流行りそうだ。
上の写真はこのカメラで撮ったサグラダファミリアの内部。このサイトで実際に体験できます。https://theta360.com/s/br

今夜は箱根、芦ノ湖の「鳥居焼きまつり」へ。午後8時前、湖上に浮かべた鳥居に神主が御神火で火をつけるところから祭りが始まる。無数の灯籠が浮かぶ静かな湖上に突然大音響とともに光のシャワーが降り注ぐ。打ち上げ数は3000。夜空を焦がす七色の光に湖水も輝く。湖畔では地元青年会の太鼓の演舞なども。平日のためか人出は思ったより少なく、観光地のわりにはローカルな手作り感のあるイベントだった。花火スポットとしては穴場的。来年も来たいな。

今年の夏はなぜか無性に花火が見たい。それも遠くから眺めるのではなく、できるだけ近いところで耳をつんざくほどの爆音と硝煙にむせびながら全天に広がる七色の光を浴びたい。
8月に入ってからは各地でほぼ毎日のように花火大会が開かれる。今夜は茅ヶ崎海岸のサザンビーチ。波打ち際で波音を聞きながら光のショーを堪能。

Adobe Lightroomを導入、、、したのはいいけど、これって単純にRAW現像ソフトだと思っていたら大間違い。RAWファイルの現像もできるけどそれ以上に写真の管理機能のほうが大きい。それもカタログだのコレクションだのという言葉が出てきて、その考え方をいちいち理解しなくてはならないのだな。写真の整理が根本から変わってしまうような大変革を強制される。こういう押し付けがましいのは嫌いなんだけど、まあ、買っちゃったんだから仕方ないか、と思って勉強中。

Lumix G1 + Kodak Ektar 44mm/f3.5 + Silkypix
このレンズはf値が3.5と暗いのに開放で撮るとバックが盛大にボケる。この辺が数字では表せないレンズの味というものだろう。コダック社の黄金時代、というかアメリカ製造業の黄金時代の名残り。こんなレンズが一般大衆向けのカメラに付いていたんだからそのころのアメリカ社会の豊かさがわかる。

20年以上前に買ったCanonのNew F-1。荷物を整理していて久しぶりに取り出してみたらシャッターが動かない。このカメラのシャッターはたしか機械式で電池なしでも動くはずだけど、、、ということは電池のせいではなく完全に壊れた、のかな?
古いカメラなので完全に機能するほうが珍しい、とは思いつつ、かすかな期待を持ってネットを調べてみた。そしたら、1/90以下は電気式シャッター、それ以上は機械式とある。そして電池が切れたときは電池を電池室から取り出せば機械式シャッターが作動すると。
で、早速試してみたら、ガシャ。おおー、動いた。こんな仕掛けになっていたのか。これにはちょっと感動してしまった。とかく軽薄短小に流れがちな日本の商品の中でこれほど硬派なものづくりの時代があったんだな。この硬質な精密感はドイツ製カメラにも決して引けをとらない。なんだかまた愛着が湧いてきてしまった。やっぱり処分するのはやめておこう。

Lumix G1 + Kodak Ektar 44mm/f3.5 + Silkypix
手前は古いミノルタ35に付いていたスーパーロッコール45mm。左は戦前のエルマー50mm。その右は数年前に三島の湧水に落としてしまったズミタール50mm。どれも個性があって面白いけれども、たた難点は最短撮影距離が1メートル前後と長いこと。何を撮るにも1メートル離れなければならないのだ。常用するにはこれがちょっとつらい。その点、今使っているエクターは最短撮影距離が30センチと短くて使いやすい。
それにしてもこうした半世紀以上前のレンズをあれこれ比べながら楽しめるというのはありがたいな。

Lumix G1 + Kodak Ektar 44mm/f3.5 + Silkypix
ミラーレス一眼レフはオールドレンズファンには救世主。もはや必需品と言ってもいいくらいだ。今回手に入れたレンズはコダック・シグネットに付いていたエクター44ミリ。製造は1951年。ボディー固定式のレンズなのにレンズマウントを少し改造しただけで現代のデジタルカメラに装着できるのだ。
コダック社は倒産してしまったけれども(昨年だったか)、これはその黄金時代を飾る輝かしい銘レンズ。コダックに限らずこのころのアメリカ製造業には魅力があった。

小田原から二宮へ抜ける山道の途中、左のほうへ上る脇道に入ると、、、みかん山の中を走る農道から見事な夕景。正面の箱根連山の向こうに夕日が沈み、その右手には富士、左には相模湾から伊豆半島、大島まで見える。ここはかくれた絶景ポイントなり。今度はパノラマで撮ってみよう。

パソコンのディスプレイでモノクロームの写真を見ると青みがかって見える。これはディスプレイ自体が青い発色をしているせいだろうと思う。この青みを防ぐにはセピアが有効。このほうがよりモノクロームらしく見える。SILKYPIXのRAW現像でセピアを選び、黒のレベルを数段上げる。これだけで結構いい雰囲気になる。

Lumix G1 + Super Rokkor 45mm/f2.8 + Silkypix
ロッコールというのもあった。古いミノルタ35に付いてた45mm/f2.8。マウントは39mmのライカスクリューマウント。本体は使い物にならないけどレンズだけはまだまだきれい。ネットで調べたらこのレンズはミノルタの傑作として今でも人気があるらしい。カメラに関しては断捨離は禁物だな。

G1には画像編集(RAW現像)ソフトのSILKYPIXが付属していてこれが面白い。定評あるソフトだけに使い勝手が良く写真の楽しみ方が広がる。このソフトのおかげでG1での撮影はすべてRAWで撮りパソコン画面で編集するようになった。

Lumix G1 + Canon FD50mm/f1.4 + Silkypix
キヤノンのマニュアルレンズもずいぶん長いこと使わなかったな。何度も処分を考えたけど踏み切れずになんとかの肥やしになっていた。久しぶりに取り出してみたらカビも生えず、曇りもない。G1に取り付けてみたら明るくて快調そのもの。これも残しておいて良かった。
このズミタールはライカ3fに付けてて数年前三島の川の中に落としたもの。修理にも出さずドライボックスに入れてそのままにしていたらレンズ内部の水滴もなくなりきれいになっていた。湧水から流れ出る川で水がきれいだったこと。水深が10センチほどですぐに引き上げたことなどが不幸中の幸いだったか。捨てずに取っておいて良かった。

Lumix G1 + Elmar 5cm/f3.5 + Silkypix
このエルマーは1930年代製造のレンズ。それが70年以上経った現代にデジタル技術で見事に甦る。古くからのカメラファンにとってミラーレス一眼は救いの神だ。

Lumix G1 + Summitar 5cm/f2 + Silkypix
右手首腱鞘炎のため昨日から何も出来ず。慢性化してて毎度のことでもあり慣れてはいるけどやっぱり不便。
2008年製のデジタルカメラに1952年製のレンズを付けて夕焼け空を撮影。これがミラーレス一眼レフカメラの隠れた楽しみ方なのだ。
前から気になっていたデジカメのCCDに付いたほこり。パソコンで写真を見ると点々とホクロのような黒点が大きく写る。このほこりは自分で取るのは厳禁で必ずサービスセンターへ出すように言われている。
ところがこの黒点が最近は増えて4個も5個も写るようになった。そこでそろそろ限界かなあと思い、サービスに出す前にダメモトで自分でやってみようとブロアーで吹いてみた。そしたら、あれ、きれいに取れてる。パソコン画面で見ても写ってない。なんだ、こんなことなら早くやればよかった。
朝は晴れてたのにすぐに曇り、夕方からはパラパラと降りだした。都内では雪とか。こちらも夜半からはみぞれ混じり。でも積もるほどの降りではない。気温は現在4℃。念のため水引きした粘土が凍らないように毛布を掛けておいた。
図書館で借りてきたブレッソンの写真集。仕事の合間に気持ちを落ち着けるのにいい。
コダック社が破産とのニュース。アメリカ製造業の黄金時代。その底力を見せてくれたコダックが破産とは。トライX、コダクロームなどのフィルム。今なお魅惑的なエクターレンズ。どこかこの遺産を引き継いでくれる会社はないのだろうか。
写真ファンとしての勝手な希望としてはニコンに引き取ってほしいなあ。ニコンの一眼レフの中にトライXモードとかコダクロームモード、エクタクロームモードなんてのが入ってたら面白いんだけど。
完全に故障したと思っていたS3だがドライボックスに一晩入れ、バッテリーをすべて入れ替えたら、あれっ、普通に動いた。ということはやはり湿度が問題だったのか。しかしこんなことではこれから安心して使えない。早急に予備のデジカメが必要だな。さて、今度は何にするか。
とうとう何をやってもErr(エラー)表示が出るようになった。電気系統のトラブルのようだ。富士のサポートを見たら修理代は最低でも32000円とのこと。修理に出すか買い換えるか、難しいところ。カメラはフジのファインピクスS3。Jpeg画質は気に入ってたんだけど、こりゃ困った。
濃霧の先でドカンドカンという地響き。はじめは雷かと思ったが近づくにつれてどうやら花火らしいとわかった。しかし音はすれども光は見えず。かなり近づいたところでようやく大花火の残光だけは捉えることができた。霧の中の花火大会。はじめての体験。残念ながら写真はこれ一枚だけ。

古いフィルムのデジタル化はスキャナーを使う方法とデジタルカメラで複写する方法がある。以前、スキャナーを使ってみたがどうもしっくりこなかった。そこで今回はデジカメ使用。
ネガフィルムをデジカメで接写。パソコンでネガポジ変換、そして画質補正。できればRAWファイルで撮影して現像ソフトで調整したほうがいいのだろうが今回はそこまでできず。だいいち現像ソフトがないし。
この写真は1975年ころだと思う。都電荒川線。遠くに池袋のビルが見えるので面影橋から学習院下へ向かうあたりか。
古い荷物を整理していたら70年代に撮ったネガがたくさん出てきた。保存状態は良くないがどれも懐かしい。まあこのころからカメラ小僧ではあったな。デジタル化する方法をいろいろ思案中。
雨が止んだ午後、アッジェの写真集を見て過ごす。時は20世紀初頭、重いカメラとガラス乾板を担いでパリの街を歩く頑固な写真家の息遣いが聞こえてくる。乾板のサイズは18x24(センチ)、レンズはかなり広角のようだ。写真の特徴は垂直の線がまっすぐになっていること。この垂直線が写真に規律を与えている。これはアオリが使える大型カメラでなくてはできない技法だ。垂直線、またひとつ秘密を発見した気分。
川面を流れる桜の雪景色を橋の上から夢中で撮影していたら首に掛けていたライカがするりと落ちてしまった。はじめは何が起きたのか分からなかった。事態を把握するまで数秒はかかったと思う。ストラップの片側が何かの拍子で外れたのだ。橋のコンクリートにぶつかった後、バシャっと水の中に落ちた。こんなことがまさかわが身に起こるとは。まさに悪夢のような瞬間。幸運と不運は紙一重の距離で隣り合っているようだ。
湧き水から流れ出ている川で水深は浅く水も澄んでいた。おかげですぐに救出はできたけれども被害の程度はまだ分からない。鉄の塊のようなカメラなので外観上のダメージはほとんどないようだ。しかしフィルム室は水びたし。ファインダーも曇って見えない。さらにレンズの状態も心配。あーあ、この際オーバーホールかな。
写真左下に見えるのが問題のカメラストラップ。金具にはNikon Japanとある。ニャロメ!シバイたろか!
コダクロームがついに製造中止になったとのニュース。すでに2年程前から国内での現像は出来なくなっていたのでいずれこうなるだろうとは思っていた。写真の魅力の一部が確実に失われたような気分。残念。ウチに残っている4本のコダクローム。大切な時のためにと思ってとっておいたのに、、、どうしよう。
Canon EOS KissX2 + EFS18-55mm
キヤノンのEOS KissX2を一日だけ借りて使ってみた。以前使っていた10Dとは操作ボタンの配置が異なるので戸惑うがオート撮影を基本としたカメラの性格を考えればこれはこれで納得。オートフォーカスの速さ、高感度での画質などは格段に進化している。発色に関しては若干の強調はあるものの従来の素直なキヤノンカラーが引き継がれていて、これはカタログやDMなどのお仕事撮影には最適だと思う。ただ余りに素直すぎてドラマチックな表現は苦手かも。この辺は写真に何を求めるかで好みが分かれるところ。
キヨシローに合掌。
Olympus E300 + Zuiko Digital 35mm/f3.5 macro
気がついてみればオリンパスのデジカメを使い始めて丸3年が過ぎた。デジカメでこれほど長く使ったのはこれが初めて。デジタル機器は日進月歩のようだがカメラに関しては基本的な部分ではこれでもう十分なのではなかろうか。

Leica M2 + Summicron 5cm/f2
フィルム巻上げからシャッターへと続く一連の操作がまるでシルクのように滑らか。この感触は80年代以降のライカには失われたものだ。この肌触りを覚えてしまうと「写真を撮る」楽しみが「ライカで撮る」楽しみへと変質してしまう。

Leica ��f + Summitar 5cm/f2
これまで撮ってきた古いフィルムをデジタルに変換することを考え始めている。理由はフィルムの保存性に対する危惧ということもあるがそれよりフィルムをパソコンで見直すことの面白さというのが大きい。モノクロは自分でも現像プリントできるがカラーは経験がなかった。それがいまやカラープリントまで自宅で出来る時代なのだ。フィルムをパソコン画面で見るといろいろと新しい発見がある。サービスプリントで終わっていてはモッタイナイ。

Leica ��f + Summitar 5cm/f2
絞り開放では周辺光量が落ちる。光学的にみれば欠点なのだろうが今ではこれも魅力のひとつ。

Leica ��f + Summitar 5cm/f2
エルマーとズミクロンの間に隠れて目立たない存在だがこのズミタールの実力もあなどれない。解像力があって色彩が豊か。1951年の製造だが現代でも立派に通用する。

Leica ��f + Elmar 5cm/f3.5
モノクロフィルム時代のレンズなのでカラーバランスは悪い。全体に黄色がかって写るのが特徴的。しかしこんな弱点もパソコンがあればいくらでも補正できるので問題ない(モニター画面の性能や調整は重要だが)。フィルム+スキャナー+パソコン。これがデジタル時代におけるクラシックカメラの新しい楽しみ方なのだ。

Leica ��f + Elmar 5cm/f3.5
製造番号からカメラは1951年製、レンズは1946年製ということが分かっている。どちらも敗戦後のドイツで作られたもの。おそらく鉄もガラスも窮乏する中で作られたことだろう。それらが今なおこうして過不足なく動き、使えるという不思議。悪条件が重なる中でこそ生み出されるモノの輝き、人の情熱。

Leica��f + Elmar 5cm/f3.5
フィルムで撮った写真をパソコンで見るためにはこれをデジタル化する必要がある。しかしこの作業が意外と難しい。以前フィルム専用のスキャナーというのを使ったことがあるが効率が悪い上に画質もいまいち。そんなこともあって自分でデジタル化するのは無理だとあきらめていたのだ。ところが最近のフラットベッドスキャナーの性能進化は目覚しく、フィルム読み取りでも専用のフィルムスキャナーに負けていない、しかも同時に何枚もスキャンできるので効率的。これでフィルムとデジタルの間にあった壁がだいぶ低くなったような気がする。
最近はデジカメに飽きてしまったようでバッグに入れていてもシャッターを押すことが少なくなってしまった。これほど手軽で便利なものはないのに何かもの足りないのだ。人工的でとりとめなく浮遊している感じ。電子機器の宿命か。かわりに使い始めたのが古いフィルムカメラ。露出計を見ながらひとつひとつ手順を踏んでいく作業が心地よい。上の写真はまだデジカメで撮ったもの。現像出来次第順次アナログ写真を増やしていくつもり。
カメラメーカーの得意な色はそのロゴカラーに表れていて、たとえばニコンは薄い青。これは島国の湿気を帯びた青空。キヤノンはオレンジ。これは人肌に適していて人間のドキュメントに向いている。富士は緑で植物などの静物が得意だということ。ただオリンパスのディープ・ブルーあるいはコバルト・ブルー、これは不思議だ。こんな空は日本にはない。
サクラ(コニカ)は一足先にミノルタのカメラ部門と統合しソニーの傘下にはいっている。これにはドイツのカール・ツァイスも参加しているので日独同盟といったところ。ただ色に関しては不安が残る。というのもサクラはフジやコダックのような写真のスタンダードとして使えるフィルムを作り出せなかった。したがってミノルタのカメラ技術、ツァイスのレンズ、そしてソニーの資本と条件はそろっているが将来においてもナンバー3の座は変わらないのではなかろうか。
キヤノンの相方はコダックだろうな。コダクローム、エクタクローム、トライXなど20世紀という写真の時代を支えてきたフィルムのかずかず。アメリカ製造業の黄金時代。ここに蓄えられたノウハウは簡単に越えられるようなものではないのだ。吸収、合併、提携など形はどうでもいい、中国企業にさらわれる前に早く動いて欲しい。
理想的な組み合わせを考えれば、まずニコンはフジと組んでもらいたい。信頼性の高いニコンの技術にフジの色が加わればそれこそ鬼に金棒、天下無敵間違いなしなのだ。花鳥風月を愛でるにふさわしい和魂和才のヤマトゴゴロ連合。すでにフジの一眼レフ(Sシリーズ)はニコンのボディーを流用しているが協力体制はまったく不十分。ニコンの皆さん、プライドをちょっとだけ捨ててフジと仲良くしてください。

デジタルカメラメーカーも今後はさらに再編、淘汰が進んでいくと思われるがその中で軸となるのが実は従来のフィルムメーカーではないかと考えている。フジ、コダック、サクラというフィルムメーカーが蓄えてきた写真の色彩に関する豊富なノウハウ。これが貴重な経営資源になると思うのだ。
デジタルカメラが従来のフィルムカメラと違うのはカメラの中にフィルムの機能を内蔵していることにある。以前はカメラのメカだけを高めていれば良かったものがデジタルの時代になってからはフィルムのノウハウまでも要求されるようになったのだ。カメラメーカーはこれに一番とまどったに違いない。とりわけニコンはモノクロ時代の成功体験が大きすぎて色彩の研究は進んでなかったように思う。ニコンのデジカメにいつも感じるのは色彩に関するポリシーのなさ。真面目な技術者集団にとってこれは最も不得意な分野なのだろう。
70年代の初め、早稲田鶴巻町にキューブリックという写真スタジオ兼画廊があった。ロゴは「Q−BLICK」だったと思う。ビルの2階にあり、床も壁も天井も黒。当時としてはかなり前衛的な空間だった。しかもオーナーのIさんは同じ大学の学生だったのだな。東京はすごいところだと思ったものだ。
これはキューブリックへ行くたびに彼がよく作ってくれた白菜のとろみスープ。詳しくは思い出せないが我流で作ってみた。
鰹でだしを取り白菜をザクザク切って入れる。鶏肉(今回はひき肉を使った)を入れた後、ニンニク、生姜を加えて味付けは塩と醤油。最後に葛を溶かし入れて出来上がり。寒い日には体が温まりありがたかった。
初めて展覧会なるものを開いたものここだったし(たしか四人展)、写真の基礎を覚えたのもここだった。本当にお世話になったな。いつかキューブリックのメモリアルイベントが計画できないかと考えている。

携帯を変えた。普段はめったに使うことはないので変える必要もなかったのだが前の機種のバッテリーがダメになっていたので仕方なく。
近所の携帯ショップを覗いたらこのカメラ携帯が目に止まった。5.1メガピクセルのデジタルカメラで単焦点の広角レンズ付き。ズームレンズではないところも潔くて気に入った。メーカーはカシオ。カシオといえば最初にデジタルカメラを開発した会社であり、いわばデジカメの本家本元元祖なのだな。一度は使ってみたいと思っていた。まだパソコンとの接続テスト中だが実力は高そうだ。
データを保存するメモリーはマイクロSD(写真中央の黒いカード)。指先に乗るほどの大きさで1ギガの容量がある。比較のために従来のコンパクトフラッシュカードを並べてみた(写真左)。大きさもこれだけ小さくなっているが値段のほうも十分の一ほどに下がっている。ほんの数年でこれだけの差がついているのだな。時代の流れは速い。

秦野市内の公民館に展示されていた古い写真の数々。上の写真はおそらく昭和の始めころに撮られたものだろう。場所はお寺の境内。なにかのお祝いの集まりだろうか。写っている人たちはもしご健在ならば80歳から90歳になっているはず。逆に言えばこの時代からまだ百年も経っていないということでもある。昭和って激動、激変の時代だったんだな。

デジカメについて考えていたら、これって人間の目と脳のしくみによく似ていることに気がついた。光を感じるセンサー(CCD)は人間の目でいえば網膜。ここで受けた光は電気信号に変えられ、脳で画像として再構成される。我々がものを「見る」というのはこういうプロセスのことを言う(はずだ)。デジカメで脳に相当する部分はコンピューター(メーカーによって画像エンジンなどと呼ばれる)。
そういうわけでデジカメで撮る写真は人間の脳内映像に近いと言えるかもしれない。一方、従来のフィルムカメラで撮る写真はフィルムという物質上に残された光の痕跡。したがって物質的な存在感がある。優劣ではなく、どちらも面白い。
川の流れをシャッタースピードをいろいろ変えながら撮ってみた。その中で自分の目に一番近かったのが1/15秒。目に飛び込んできた光は眼球の奥で信号に変えられて脳に送られる。脳はその信号を受け、連続した映像に再構成していく。静止したものならば一瞬でできる作業でも連続した映像となるとそのくらいの時間がかかるということか。映画の原理ってこういうことだったかな?
オリンパスのE300を使い始めて一年になる。デジカメでこれほど長く使ったのは他にない。レンズは35ミリのマクロレンズ一本のみ。このブログの写真は昨年の4月から(正確には4月12日から)ほとんどこれだけで撮ってきた。ズームレンズは便利だと思うが単焦点レンズが好きなのだ。従来のフィルムレンズに換算するとほぼ70ミリ。ブログの写真サイズにはこれがちょうどいい。
デジカメで面白いのはメーカーによって発色の傾向が違っていてそれぞれ得意分野があること。それはロゴの色にもなっていて、たとえばニコンは薄い青。これはフィルムにたとえればネガカラーで撮る風景。キヤノンはオレンジ。これも同じくネガカラーで撮る人物。フジは緑。これはベルビアに代表される同社のリバーサル(ポジ)フィルムに通じる発色で風景全般、とりわけ植物に強い。そしてオリンパスは濃い青。フィルムで言えばコダクロームに近くヨーロッパ的な濃厚系。ときどき思いもかけない発色をするがそんなジャジャ馬的なところも含めて気に入っている。

デジタル一眼レフカメラが面白いことになってきた。松下とソニーという家電メーカーが相次いで参入してきたのだ。松下はオリンパスと同じフォーサーズ規格を採用しているのでお互い互換性がある(もしかしたらボディー設計はオリンパスが担当しているのかもしれない)。しかもレンズはライカ。ということはオリンパスのボディーにライカレンズという組み合わせも可能になるわけだ。
一方ソニー陣営はコニカミノルタのカメラ部門を吸収し、レンズはツァイス(コンタックス)。こちらもあなどれない。
ニコン、キヤノンの2大メーカーは今のところ安泰だが5年後、10年後はどういう勢力地図になっているかわからない。
カメラの設定をモノクロにして撮ってみた。プリントしたらどうなるか判らないがディスプレイの上では階調がもの足りない。しかもファイルサイズは意外と大きい。これなら普通にカラーで撮りソフトを使ってでモノクロにしたほうが良さそうだ。使っているカメラはオリンパスのE-300。

RAWで撮り始めたらもうJpegには戻れない。Jpeg画像はカメラが撮って再生したものをほとんどそのまま受け入れるしかないのに対し、RAWはカメラが記録したデータをもとにパソコンを使って自分のイメージどうりの写真に作り上げることができる。いいかえれば能動的に写真に参加できる。そこが面白い。今日は夕暮れの富士山の写真をモノクロ(B&W)にしてみた。頂上付近にわずかに白いものが見える。初雪か。
今使っている機材はキヤノンのEOS10Dに単焦点の50mmレンズ。RAW現像ソフトはキヤノン付属のもの。
アクセスカウンターが10万を越えました。2001年の11月に始めたこのホームページですが、なんとか続いています。たどたどしい歩みではありますが、今後ともどうぞよろしくお願いします。
この冬から使っているデジカメはちょっと古いキャノンのG2。最近の機種と比べるとかなり大きいが画質や操作の安定感は抜群。おもちゃっぽいデジカメが多い中でこのGシリーズはかなり本気で作られたカメラだと思う。
一方ライカのM2はMシリーズの2代目(たぶん)。借り物なので使い心地などは分からないが、精密な金属の存在感がすごい。
M2とG2、2台を並べてみて気がついたのは、キャノンのGシリーズが実はライカを意識しているのではないかということ。ライカの最新型はM7、そしてキャノンはG6だがセールスがうまくいかなかったようで、すでにカタログからも消えている。しかし完成度は高いので近い将来は貴重機種となりそうな気がしている。
薄茶色に乾いた山芋の枯葉をモノクロにしてみた。アナログフィルムにくらべると黒から白までのレンジが狭いような気はするが、対象を選べば柔らかくて雰囲気のいい写真になる。デジカメではこんなことも出来るのだ。
今日もまた雨。秋梅雨とでもいったらいいのか。いったいいつまで続くぬかるみゾ。
ただこの気温と湿度は土がゆっくり乾いてくれるので焼き物作りにはいい。
今日は写真はナシ。雨で外に出られないということもあるが、なんだかデジカメの限界も感じている。あるいはWEBの限界といったほうがいいか。これは単にカメラとの相性の問題なのか、それともフォトショップの使い方がへたなだけなのか、自分でもまだよく分からない。
写真のリアリティーや醍醐味といったものがWEBに載せたとたんに失われているような気がして、毎回がっかりすることが多い。つまり毎日の更新が途切れるのは写真に問題があるんだナ。そこでこの際、載せる写真のサイズを変えるべきか、あるいはまたカメラを変えるべきか。そんなことを考えております。
ちなみに今使っているのはフジのファインピクス4900Z。古い機種で大きく、かさばる。そろそろ替え時かな。

松本へはデジカメとは別に古いライカも持っていった。で、その時に撮ったコダクロームが今日現像されてきた。見て驚いた。色の透明感、それにピントの鋭さ。50年以上前のカメラがこれだけすごいとは。この50年間のカメラの歴史はいったいなんだったんだろう。しかしこれは面白くなってきた。今年はフィルムカメラかな。マイブーム的な言い方をすれば「ライカ元年」ということになりそうだ。
フィルムスキャナーで取り込んでもなかなかフィルムの雰囲気が再現できない。スキャナーの性能かもしくは使い方が悪いのか。これはもどかしい。

35mmフィルムを買ったのは何年ぶりだろう。ブローニーや大判は今でもよく使うけれども、35mmは久しぶりだ。デジカメを使うようになってからはこのサイズのフィルムには縁がなくなっていた。
古いライカを使うのにフィルムを何にしようかと考えたら、やっぱりこれになった。コダクローム。
安定感のある深い色合い。そして何よりもありがたいのは保存性の良さ。20年以上前に撮ったインドの写真がいまだに色あせてない(残念ながら他のフィルムはことごとく青く変色している)。
年末は信州へ行けそう。楽しみ。

訳あってライカを預かっている。1950年代初期製造のバルナック型ライカ。ライカなんてとても縁がないと思っていたし、もちろん手にするのも初めて。
コンパクトなボディーながらずっしりとくる重量感が心地よい。視度調節レバーがついており、ピント合わせが意外なほど楽。シャッターも快調。絞りリングが固くなっているけれども問題ない。50年も前のカメラがこんなにしっかりしているとは驚き。これは参ってしまった。いい機会なのでじっくり使わせてもらうことにして、うーん、でももう手放したくない。これも困った。