ディランにはじまる


Nikon Z5 + Kodak Ektar 44mm/f3.5

 アマゾンに注文していた浜野智さんの旧著「ディランにはじまる」がポストに入っていた。1978年の刊行なのでもちろん古本。でも程度は上々。表紙のディランは写真だと思っていたけど門坂流さんの絵だということを浜野さんのブログで知った。そこで上掲の写真では左目にピントを合わせて撮ってみた。本書には73年から77年ころにかけての氏の音楽関連の文章が集められている。ちょうどそのころ僕は音楽を離れていたのでずいぶん知らないことが多い。冬の夜長に当時の音源を聴きながら数十年前の記憶をたどってみたいと思う。

「ディランにはじまる」への10件のフィードバック

  1. いやいや恐れ入ります。
    カバーの門坂君の絵は油絵です。本の発行当時残っていた彼唯一の油絵作品で、芸大の学生時代に描かれたものだと思います。当時彼は6畳一間のアパートに住んでいて、その6畳はアトリエ兼用。結果、布団の上げ下ろしなどで出る埃が油絵に付着。それを嫌って、彼は油絵を断念したのでした。

  2. いい絵ですね。学生時代にこれだけの絵が描けるとは驚きです。天才が放つ香気のようなものを感じます。浜野さんの文章も勢いがあって熱いですね。音楽に対する情熱が伝わってきて文章に引き込まれます。ディランだけではなく同時代の日本の歌唄いの記事もたくさんあってこれは当時の貴重な記録でもありますね。いい本をありがとうございます。

  3. ありがとうございます。
    本の末尾はローリング・ココナツ・レヴューの話ですが、豊田君との初対面はあのイベントの2日目でした。初日、ステージでエロ話を連発した岡林信康は不謹慎だといって、発見の会の瓜生良介さんと連れだって僕のところへ抗議にきたのです。

  4. なるほど、そんなことがあったんですね。当時ローリング・ココナツ・レヴューのチラシは見た記憶があります。でもクジラと歌とがどうも結びつかなくてパスしてしまいました。本を読むとその裏では大変な苦労があったんですね。おまけに3000万の負債は大きすぎます。僕だったら逃げてたかも。
    そういえば伊藤さんはそのイベントにスタッフかボランティアとして参加していたはずです。

  5. スタッフに伊藤君がいた記憶はないですね。通訳としてミュージシャンサイドに関わっていたのかも。多摩美や武蔵美の学生を中心に30〜40名がボランティアとして加わっていて、準備期間は毎日大騒ぎでした。
    イベントのあと、僕は別の意味で逃げ出しました。音楽の世界から離れたのです。豊田君との再会は、20年後の1997年、京都拾得の七夕コンサートででした。

  6. 30〜40人ものボランティアがいたのでは分からなかったかもしれませんね。でもこれは本人から直接聞きました。もう一人、大山君という友人を運転手にして車で手伝いに行ったとのことでした。思いがけないこともあるものです。それにしてもこのイベントでは過酷な経験をされましたね。でも、音楽の世界に戻ってこられて良かった。「都市音楽ノート」もアマゾンにあったので注文しました。当時の音源をまた聞き直したくなっています。

  7. ありがとうございます。
    『都市音楽ノート』は1972年発行ですが、いまも現役商品です。而立書房は本を絶版にしないという方針なものですから。
    力みかえった文章ばかりで、いま読むと恥ずかしいですね。

  8. 半世紀以上前の本が今も現役商品とはすごいですね。出版業界のことはよくわかりませんがアマゾンではいちおう新品として出てました。お若いころの「力みかえった文章」と言われますがその熱がなければあの時代の雰囲気は伝わらないのではないでしょうか。浜野さんの文章をとおして半世紀前の時代を自分自身の記憶とも重ねながら振り返ってみたいと思っています。

  9. 出版物の在庫は換金資産で、課税されます。倉庫代もかかります。それで、出版社は普通市場で動きが止まった商品は、さっさと品切れ絶版扱いするわけです。
    而立書房は、千葉の農村部の古い一軒家を借りて倉庫として使用。経費節減して絶版を回避しているという次第です。
    僕と岩波に同期入社のK君が仲間2人と起こした会社ですが、代表取締役の宮永という人がそういう方針を立てて、現在まで続いています。

  10. なるほど、そういうことなんですね。而立書房、これは応援したくなります。

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